Organ Voice 清端

〜Organ Voice(生きているままの体)を見つめるブログ〜

God bless you!

ニダル・マリク・ハサン少佐

 今朝、バタバタとしていて、ニュースを見る機会を逸しており、今頃になって漸く、この事件のことを知った。亡くなられた方たちには御悔みを申し上げたいが、それと同時に、事件を起こした張本人であるニダル・マリク・ハサン少佐に対しては、同情めいた妙な感情に駆られたのも事実。

 ニュースによれば、この事件の現場となった、テキサス州にあるアメリカ陸軍基地「フォート・フッド」は、4万5000人の兵士が所属する世界最大規模の陸軍基地として知られ、大勢の兵士がここからイラクやアフガニスタンに派遣されている一方で、戦地から帰って来た兵士の精神的なケアを行う施設としての機能も持っているらしい。

 そして、ニダル・マリク・ハサン少佐は、この施設に勤務する精神科医。

 先日(何カ月か前)、アメリカABCのニュースで、戦地から帰って来た兵士たちの精神的なケアを行う施設についてレポートされており、その施設の恩恵に与ることの出来る人たちは限られていることを知った。そしてそれに先上る以前、その施設の御世話になっている人の意識を見たことがあり、その人の意識の危うさに、冷や冷やさせられたことがあった。

 だから正直、こうした事件が起こったとしても、私は不思議ではなかった。更に言えば、「ハサン少佐が敬虔(けん)なイスラム教徒であればこそ、その仕事はさぞや大変なことだろう」と思う他はなくて、同情めいた妙な感情に駆られるのである。

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リンダ リンダ

 イランでのアメリカ大使館占拠事件から30年が経ち、『きょうの世界』で組まれたその特集の内容には、素直に頭の下がる思いがした。その日の午前、私は、一つの記憶を思い出していて、その内容を目の当たりとするに、自分の存在がゆらゆらと揺れる蜃気楼のような感じがしていた頃合いだったので、尚更。

 そんなとき、本当は、血肉の通う他人の体を求めることが出来れば良いのだけれど、一身上のことを別とせずともそれは容易ではないため、その代替行為に頼る必要がある。

 そして少なくとも今の私は、国際ニュースに目を通すことで、“それ”としている。

 本心としては、伸ばせるものなら伸ばしたい手はあるのだけれど、(その相手との距離を考えればこそ、)その手は我慢せざるを得ない。思えば、以前として「愛する」という概念について悩む中で、他人をそうした対象とすること(自分の存在を確かめたいがために、血肉ある他人に縋ろうとすること)への忌避意識が芽生え、それに囚われてばかりだった。

 今は、その相手に対して欲情する自分を分かっているため、当時のような捕囚となることはない。

 が、そうして想う気持ちがあればこそ、その相手との距離を考えればこそ、手を伸ばすのは我慢するべきであり。

 そうして眠りに就いた夢の先で、『リンダ リンダ』を聞いていた。

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辞退

 アフガニスタンで今月7日に行われる予定の大統領選挙の決選投票を前に、アブドラ前外相が不参加を表明したことをニュースを通して知ったけれど、少なくとも私個人としては、微妙な心境。

 カルザイ大統領が再選されることは、その経緯はどうあれ色濃いことを(一身上の事情により)聞いていた。だから、アブドラ前外相が対立候補として出張り過ぎると、アブドラ前外相が殺される可能性も出て来ることを懸念してもいた。

 だから、不参加を表明したことを知り、「なるほど」と、思わなくもなく。

 そう思う一方で、NHKオンラインの記事等における解説にて、「カルザイ大統領が再選されてもその正当性や求心力の低下は避けられず、今後政治的な混迷がいっそう深まる懸念も出ています。」と言及されていることを知り、「へっ?」と、思わずにはおれず。

 仮に、二人の候補が並んだ状態で実際に決選投票をして、再びその不正のほどが示された場合、それこそカルザイ現政権は立ち直りようがないだろう。アフガニスタンの民主主義に、それこそ大きく傷を付ける出来事になる。そしてそれこそ、タリバンが強く望むことだろう。

 タリバンのような宗教的武装勢力の存在を踏まえた上で、政治的な混迷を緩和しようとする場合、民主主義の実現を選挙を通して図ろうとすることは間違ってはいない。が、それは当然ながら理想である面は否めず、時と場合を考慮した対処をする必要があるだろう。

 少なくとも私は、アブドラ前外相の今回の決断は、それに寄与するものと思うが。

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体裁

 俺は、夢のようなもので、自分が将来的に一体どのような行動を取るのかその光景を目にすることがある。が、それは悪夢に等しい内容もあり、その通りの実現を阻むべく動こうともするのだけれど、それが逆に、そうして見る光景が実現する上での一助となっていたりする。

 HPのリニューアルにしても、そう。例の如く、既に、その姿としては見えているのだけれど、そうならないように出来ることを続けている最中。もしかすると、その姿と大して変わらない内容のページになってしまうかも知れないのだが、それに構わず取り組み中。

 そんな調子であれ、(仕事のとき以外は)安静を心掛けている手前、風邪の調子は、大分良くなって来ている。

 そんな私の今一番の気掛かりは、宮城谷さんから返事の手紙を頂けないこと。あれから、『史記』の気になっている箇所に目を通して見たりしたのだけれど、それ故に、逆に、(宮城谷さんの返事があるなしに、)「俺、書かないと行けないのかもなぁ」という気持ちにもなる。

 が、社会的な立場(私は社会的に認められる何処かの大家などではないこと)の身の程を弁えなければ、社会的に叩かれるのは必至。そのため、整えるべきことは可能な限り整えて置かなければならない。ただ只管、地道な作業は続きます。

言語表示

 今、HPのリニューアルに際して、データ表示の調整を進めている。

 公開されている既に組まれたXHML1.0 Strictを採用して調整を進めているとはいえ、利用することを決めた(既に組まれた)CSSのせいか、言語表示が上手く行かない。ネットで、その手の情報を浚ってはみるのだけれど、その情報に基づいて調整を図ってみるのだけれど、なしの礫(つぶて)。

 langを“ja”にして、charsetも“Shift_JIS”にしているのだけれど、その日本語表示が上手く行かない箇所があるのである。

 腹を括って、このままを通すしかないのかも知れない。

 こういうとき、こうした言語に本当に詳しい人が身近にいると助かるのだろうが、生憎いない。その伝手もないって、本当に面倒臭い。

ふらふら

 出来るだけ安静にはしているのですが、風邪が中々治りません。

 今朝の分で薬が切れたので、これから病院に行って、薬を処方して貰いに行く予定です。

 話は変わりますが、天候不順により打ち上げ延期になっていた「アレス I-X」が、ようやく打ち上げされ、成功したようです。それが素直に嬉しいのですが、莫大な開発費や実験費のことを考えると、この先一体どうなるのか不透明なのも事実で、不安です。

 そして今朝放送の『おはよう世界』枠で放送された「世界の扉」のコーナーにおいて、FOXの視聴率がウナギ登りであることを示されていましたが、「然もありなん」とも思わなくもなく。マスメディアは、正確な情報を伝える姿勢を保つ必要がありますが、その受け手となる国民だけでなく、その媒体となるマスメディア自身の性質を前提としなければなりません。

 つまり、現政権に批判的な内容の報道をするとなれば、FOXのような遣り方しかないわけです。

 そもそも、反共産主義の旗印の下で赤狩りの記憶が新しい人たちにとって、中国との融和を図るべく動こうとする現政権らの姿勢は、奇異に映るのかも知れません。

 中国の現体制において、故・毛沢東主席の位置付けは依然として大きい。それ故、それを無視した弁を張っていては、中国との融和の姿勢を打ち出すことは難しい。が、(共産主義の旗色が濃い、)故・毛沢東主席の弁を、アメリカの政府高官が示すとなれば、それはアメリカ国民一般をして、アメリカの共産主義化を認めるものとして受け止められることにもなりかねない。

 その微妙なところを、FOXは上手く突いているわけです。その“えげつなさ”も感じるとはいえ、「上手い!」としか言い様がない。

 そうしたことを承知の上で、アメリカと中国の融和を進める方法・道筋とは。その必要性を認識する人たちは、一体どのように考えているのだろう?

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『古代中国の虚像と実像』 (落合淳思/著 講談社現代新書2018)

 私と限らず、歴史的な題材を扱った小説を書こうとする場合、どうしても、世間的な“通説”や“常識”を前提としなければならない部分がある。そうした内容としなければ、読者の関心を引き難いし、ともすれば、「事実誤認も甚だしい」「無知極まりない」として非難の的になってしまう。小説は飽く迄も小説に過ぎず、(余程の大家でもない限り)読者の存在を無視した内容を書くことは出来ないのである。
 しかし、そのままを通していては、作家をして同じ内容のものしか書き様が無くなるし、それは同時に読者離れを招くことになってしまう。だから、歴史的に検証可能な事事が増えて行くことは喜ばしいことで、それが世間的な時宜に則り開示され、世に周知されていく過程を得ることは、実に喜ばしいことに他ならない。この本は、正しく、その喜びを提供してくれるに至る内容を扱っており、目下として乱読した限りではあるが、素直に感謝したい気持ちになった。
 そして少なくとも私の場合、書こうとしている小説をして描くことは、文献よりも私の想起記憶に拠っている部分が大きいため、当然ながら、世間的な“通説”や“常識”から乖離したものとなり易い。そのため、歴史的に検証可能な事事が増え、それをして誘導的に書き得る内容と位置付けを得なければ、社会に問うことが出来ないばかりか、出版社に応募することも出来ない。
 それ故、この本を乱読した限りにおいて、「買って良かったなぁ」と、思う他はなく。もちろん、書き進めようとしている小説のデータが、(目下において、このパソコンでは)見ることが出来なくなったりと、微妙に変な事態に見舞われているため、不安はある。私が元から全く関係のないことに係わろうとした結果、それに伴う利権を理由に叩かれるのであれば未だ分かるのだけれど、私が書こうとしていることは、そうではない。とはいえ、今世の人にとっては、そんなことはどうでも良いことなのかも知れない。そうした事態が、何ともなく嬉しいような、悲しいような。
 そして、そうして件の小説を上手く書き進められることを願う他はないのが、我ながら、何だか寂しいです。(2009/10/18)


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Author:清端(せいは)

 サイト(HP「Organ Voice」)やブログを、目下(表層として)“聞こえている”事実を鑑み、自身の意思表現の場として大切にしています。時間的・状況的に、満足に更新出来ているわけではありませんが、その旨を汲んで頂ければ幸いです。

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