ニダル・マリク・ハサン少佐
ニュースによれば、この事件の現場となった、テキサス州にあるアメリカ陸軍基地「フォート・フッド」は、4万5000人の兵士が所属する世界最大規模の陸軍基地として知られ、大勢の兵士がここからイラクやアフガニスタンに派遣されている一方で、戦地から帰って来た兵士の精神的なケアを行う施設としての機能も持っているらしい。
そして、ニダル・マリク・ハサン少佐は、この施設に勤務する精神科医。
先日(何カ月か前)、アメリカABCのニュースで、戦地から帰って来た兵士たちの精神的なケアを行う施設についてレポートされており、その施設の恩恵に与ることの出来る人たちは限られていることを知った。そしてそれに先上る以前、その施設の御世話になっている人の意識を見たことがあり、その人の意識の危うさに、冷や冷やさせられたことがあった。
だから正直、こうした事件が起こったとしても、私は不思議ではなかった。更に言えば、「ハサン少佐が敬虔(けん)なイスラム教徒であればこそ、その仕事はさぞや大変なことだろう」と思う他はなくて、同情めいた妙な感情に駆られるのである。
リンダ リンダ
そんなとき、本当は、血肉の通う他人の体を求めることが出来れば良いのだけれど、一身上のことを別とせずともそれは容易ではないため、その代替行為に頼る必要がある。
そして少なくとも今の私は、国際ニュースに目を通すことで、“それ”としている。
本心としては、伸ばせるものなら伸ばしたい手はあるのだけれど、(その相手との距離を考えればこそ、)その手は我慢せざるを得ない。思えば、以前として「愛する」という概念について悩む中で、他人をそうした対象とすること(自分の存在を確かめたいがために、血肉ある他人に縋ろうとすること)への忌避意識が芽生え、それに囚われてばかりだった。
今は、その相手に対して欲情する自分を分かっているため、当時のような捕囚となることはない。
が、そうして想う気持ちがあればこそ、その相手との距離を考えればこそ、手を伸ばすのは我慢するべきであり。
そうして眠りに就いた夢の先で、『リンダ リンダ』を聞いていた。
辞退
カルザイ大統領が再選されることは、その経緯はどうあれ色濃いことを(一身上の事情により)聞いていた。だから、アブドラ前外相が対立候補として出張り過ぎると、アブドラ前外相が殺される可能性も出て来ることを懸念してもいた。
だから、不参加を表明したことを知り、「なるほど」と、思わなくもなく。
そう思う一方で、NHKオンラインの記事等における解説にて、「カルザイ大統領が再選されてもその正当性や求心力の低下は避けられず、今後政治的な混迷がいっそう深まる懸念も出ています。」と言及されていることを知り、「へっ?」と、思わずにはおれず。
仮に、二人の候補が並んだ状態で実際に決選投票をして、再びその不正のほどが示された場合、それこそカルザイ現政権は立ち直りようがないだろう。アフガニスタンの民主主義に、それこそ大きく傷を付ける出来事になる。そしてそれこそ、タリバンが強く望むことだろう。
タリバンのような宗教的武装勢力の存在を踏まえた上で、政治的な混迷を緩和しようとする場合、民主主義の実現を選挙を通して図ろうとすることは間違ってはいない。が、それは当然ながら理想である面は否めず、時と場合を考慮した対処をする必要があるだろう。
少なくとも私は、アブドラ前外相の今回の決断は、それに寄与するものと思うが。
体裁
HPのリニューアルにしても、そう。例の如く、既に、その姿としては見えているのだけれど、そうならないように出来ることを続けている最中。もしかすると、その姿と大して変わらない内容のページになってしまうかも知れないのだが、それに構わず取り組み中。
そんな調子であれ、(仕事のとき以外は)安静を心掛けている手前、風邪の調子は、大分良くなって来ている。
そんな私の今一番の気掛かりは、宮城谷さんから返事の手紙を頂けないこと。あれから、『史記』の気になっている箇所に目を通して見たりしたのだけれど、それ故に、逆に、(宮城谷さんの返事があるなしに、)「俺、書かないと行けないのかもなぁ」という気持ちにもなる。
が、社会的な立場(私は社会的に認められる何処かの大家などではないこと)の身の程を弁えなければ、社会的に叩かれるのは必至。そのため、整えるべきことは可能な限り整えて置かなければならない。ただ只管、地道な作業は続きます。
言語表示
公開されている既に組まれたXHML1.0 Strictを採用して調整を進めているとはいえ、利用することを決めた(既に組まれた)CSSのせいか、言語表示が上手く行かない。ネットで、その手の情報を浚ってはみるのだけれど、その情報に基づいて調整を図ってみるのだけれど、なしの礫(つぶて)。
langを“ja”にして、charsetも“Shift_JIS”にしているのだけれど、その日本語表示が上手く行かない箇所があるのである。
腹を括って、このままを通すしかないのかも知れない。
こういうとき、こうした言語に本当に詳しい人が身近にいると助かるのだろうが、生憎いない。その伝手もないって、本当に面倒臭い。
ふらふら
今朝の分で薬が切れたので、これから病院に行って、薬を処方して貰いに行く予定です。
話は変わりますが、天候不順により打ち上げ延期になっていた「アレス I-X」が、ようやく打ち上げされ、成功したようです。それが素直に嬉しいのですが、莫大な開発費や実験費のことを考えると、この先一体どうなるのか不透明なのも事実で、不安です。
そして今朝放送の『おはよう世界』枠で放送された「世界の扉」のコーナーにおいて、FOXの視聴率がウナギ登りであることを示されていましたが、「然もありなん」とも思わなくもなく。マスメディアは、正確な情報を伝える姿勢を保つ必要がありますが、その受け手となる国民だけでなく、その媒体となるマスメディア自身の性質を前提としなければなりません。
つまり、現政権に批判的な内容の報道をするとなれば、FOXのような遣り方しかないわけです。
そもそも、反共産主義の旗印の下で赤狩りの記憶が新しい人たちにとって、中国との融和を図るべく動こうとする現政権らの姿勢は、奇異に映るのかも知れません。
中国の現体制において、故・毛沢東主席の位置付けは依然として大きい。それ故、それを無視した弁を張っていては、中国との融和の姿勢を打ち出すことは難しい。が、(共産主義の旗色が濃い、)故・毛沢東主席の弁を、アメリカの政府高官が示すとなれば、それはアメリカ国民一般をして、アメリカの共産主義化を認めるものとして受け止められることにもなりかねない。
その微妙なところを、FOXは上手く突いているわけです。その“えげつなさ”も感じるとはいえ、「上手い!」としか言い様がない。
そうしたことを承知の上で、アメリカと中国の融和を進める方法・道筋とは。その必要性を認識する人たちは、一体どのように考えているのだろう?


