“悪魔の目” 

 今朝起きたら、凄い頭痛がしていて、「暑さに脱水症状を起こしかけているのかな?」と判断した後として、野菜ジュースや牛乳を飲み、バナナを一本頂いた。が、それからも頭痛を感じて、「何故に?」と思い、あることで一考を巡らせて対処したら、落ち着いた。

 今も、少し頭痛がしている。

 その理由としては多分に、グルジア情勢とその今後のことが関係しているのだろう。私個人としては、その機会が許すのであれば、コミケ74に行って楽しみたいのだが、金銭的・環境的にもそういうわけにも行かないので、こうして時間を過ごすことになっている。
[ 2008/08/17 10:53 ] 情報・私事 | トラックバック(-) | コメント(-)

不凍不屈(不撓不屈) 

 最早東西冷戦の時代ではないことを各国首脳が述べるようになっているように見受けられるが、先の記事にも記しているように、勢力図の再編成が進められる一方での、テロとの戦いが続いて来ている事実、そして遂に、ポーランドにおいては(恐らくは今回の事の次第を受けて)アメリカによる迎撃ミサイルの発射施設の建設を受け入れることが明らかにされた。

 一連の次第について、日本のメディアでの取り扱い方は、米ロ対立への認識を人々に勧めようとするものであり、米ロ共に(東西冷戦時代のような)軍事面での理性的な対応を損なっている段階には無いことは表明しているものの、危うい状態にあることは事実であるようで、ブッシュ大統領がロシアを再三非難したことを受け、今朝の『ワールドニュースアワー』(NHKBS1)枠内で目を通したアメリカ・ABCでは、キャスターが、米ロ関係が凍りついた関係へと移行するようなことを示した。

 日本では、他の国のメディアのように、「グルジアによる戦闘行為を受け、南オセチア自治州からグルジアの中心部方面(中部の都市、ゴリ。)に向かった、オセット人らの独立支持派の民兵(ロシア軍は、彼らの戦闘行為を阻むために動いているらしい。)」についての言及は無いに等しい。つまり、ロシアによる軍事行動について伝えることに主眼が置かれており、メディアにおいては意図した米ロ対立の演出があからさまに図られているわけである。

 私が、先の記事として、ああしたことを書いた理由には、そうした事実も前提としている。そしてそれだけに、(実際には、勢力図の再編成を更に押し進めようとしているのだろうが、)言葉としては正しいことを表明するアメリカと、(実際には、それに抗しようとしたものだが、何れにせよ相対する形で)軍事的行動に至った形となっているロシアの姿という構図絵を見せられているような気がする。

 アメリカ(特に、その一部の人たち)にして見れば、その目的云々以前にロシアが軍事行動を取ったという事実が喜ばしいのだろう。というのも、推測されるロシア側の目的だけを追求したようなことが言われる一方で、(一一般人に過ぎない)私も懸念するような他のことを扱わないというのは、明らかに可笑しいから。

>>2008年8月17日、追記・改訂しました。追加参照記事はありません。
[ 2008/08/16 22:55 ] 情報・私事 | トラックバック(-) | コメント(-)

解釈 

 今朝の『ワールドニュースアワー』(NHKBS1)枠内のアメリカ・ABCだったか、アメリカのブッシュ大統領がロシアへの非難の姿勢を示したことと合わせ、冷戦時代のような舌戦の応酬があるとして、ロシアのラブロフ外相の言葉が扱われていた。ラブロフ外相として、要は「ロシアの遣り方を認めるか否か。」ということらしい。で、ブッシュ大統領は、「認めない。」と。

 ライスさんだったか、兎に角言及されていたのは、ロシアは冷戦期ほど強くはないということ。

 でも、ここで、「何か可笑しいな?」と思い、後ほど気付いたのは、「アメリカ自身もまた、冷戦期ほど強くないのでは?」という疑問。特に、テロとの戦争を掲げて以降、(最近では光明らしきものは見えて来ているとはいえ、)事実として泥沼の態を示しているような現実があるわけだからな。

 が、その後として気付いたのは、「確か数年前から、冷戦構造の再編成を狙った動きがあったのではなかったかな?」ということ。テロとの戦争は、どちらかと言えば、ある程度の訓練を受けた一般の人々との戦争である以上、信念を唱える人とそれに従う人たちがいる限り、終わることはない。つまり、そんな戦争を一時的にせよ回避する上では、大きな枠組みに則った対立構造への移行に人々を誘導する必要性が考えられるわけである。

 冷戦終結後のソ連崩壊を経て、勢力図の再編成が進められる一方で、テロとの戦争が掲げられるようになり、「ソビエト末期から、当時のソビエト、アメリカ、イギリスの3か国で毎年行われ、2003年からはフランスも加ってい」た軍事訓練において、アメリカとイギリスがそれへの参加を見送る事態となるに、「今の時分って、一般人(私を含む。)が考える以上の正念場にあるのかな?」と、思う他はない。

 もちろん、そうしたことがあって、EUとしては、国連の安全保障理事会の決議を得られれば、現地に停戦監視団を派遣する意向なのかも知れない。
[ 2008/08/14 23:22 ] 情報・私事 | トラックバック(-) | コメント(-)

機会 

 昨日深夜、携帯からNHKオンライン掲載のニュースを確認していたら、「メドベージェフ大統領がグルジアでの軍事作戦の停止を命じたこと」が更新されていました。そのニュース(携帯では簡易版のニュース。)に目を通したときには、凄く嬉しかった。西側の人の「事は戦争でしか解決できない。」というような言葉がニュースで扱われていただけに、一区切り付くのかどうか本当に冷や冷やさせられていたから。

 そして先ほど、今回の事案について扱ったニュース(簡易版ではないニュース)にようやく目を通したのだけれど、NHKオンラインにて掲載されているニュース内容と、今朝放送の『ワールドニュースアワー』(NHKBS1)内で扱われたニュース内容と微妙に異なる点に気付き、困惑している。

 俺みたいな奴が、「ここって、違うんじゃない?」と、言及することを期待した上でのことなのか、それとも元々の仕様でそうなっているのか。NHKの関係者などではない私には、当然ながら、その詳細は知れない。が、記しても罰は当らないだろうと思うが故、少し記させて貰う。
[ 2008/08/13 19:26 ] 情報・私事 | トラックバック(-) | コメント(-)

目的 

 私の個人的な意思に反し、グルジアでの状況が悪化しています。そして、西側の人をして「戦争でしか解決しない。」とまで言う人もいます。グルジア当局側も、ロシア側も、直接的な交渉に踏み切る姿勢は見せておらず、ロシアがグルジア西部への侵攻を進めるに至り混迷の度を深める中、ロシアはグルジアでの戦闘に際した安保理での決議を拒否。

 そのため、ロシアの目的の一つは、NATO加盟を進めるグルジアだけではなく、(同じくNATO加盟を進める)ウクライナへの勧告であるとの見方が示されるに至っています。

 しかし、先日のRTRでは、ウクライナが自国の状況に比する事案としてロシアの行動を非難したことを受けて、「その非難は的を逸している。」というような言葉が示されていた。

 RTRがロシア当局の意向を受けている面があることを考慮すれば、そのような言葉が示される理由について、門外漢なりに一考してしまう。

 RTRの報道では、ロシアの軍事行動の根拠として、プーチン首相もまた避難民から直接聞いたという、グルジアによる南オセチア自治州の人々への蹂躙の姿勢があったことが示されている。一方の西側の報道では、ロシア側の軍事的脅威・圧力は大きいことが示されるわけである。(私個人としては、戦争行為を行っている時点で、その破壊行為の大小以前に、どちらもどちらのような気がしないではないが。)

 何れにせよ、ニュースとして伝わってくるのは、当地が戦争状態にあること。そして私として、どちらの言い分に重きを置くべきなのか、正直分からない。
[ 2008/08/12 19:00 ] 情報・私事 | トラックバック(-) | コメント(-)

撤退 

 オリンピックを脇目に示された、グルジアの南オセチア自治州の独立を巡る問題。もうそろそろ一区切り付きそうです。グルジアは西側(多分に、NATO)への協力を要請するようなことも言われていただけに、一一般人の私としては、滞りなく進めばそれに越したことはない。

 前々から、ロシアとグルジアの国境付近のこと(自治州の独立運動を偵察するために飛ばしていた偵察機を、ロシア側が破壊したとかどうとか。そんな感じだったかな。)については、RTRでも言われていたけれど、ついにグルジア政府側が動き、ロシア側も動いた、と。

 ニュースを見る限りでは、90年代初めにも、南オセチア自治州と「アブハジア自治共和国」では、グルジアと戦闘の絡むイザコザがあったそうで、下記参照した記事中のロシア側の行動は、それを見越してのものという線の解釈が恐らくは妥当だろう。

 それだけに、南オセチア自治州と「アブハジア自治共和国」の現状として伝えられることに目を通す限りでは、私としては如何ともし難い。
[ 2008/08/10 22:44 ] 情報・私事 | トラックバック(-) | コメント(-)

ホモセクシャルの世界史 

 2005年発売の海野弘著作品である『ホモセクシャルの世界史』の文庫版が発売されました。そのプロローグに目を通して、一応購入することを決めたけれど、その内容的には、やはり2005年に出されたものらしく、些か古さを感じさせられた。私自身、一連のことに関心を払い、関連書籍等に目を通して来ているけれど、その内容を海野弘さんの切り口でまとめた内容っぽい。

 だから、「参考になるか?」と問われれば、「かなり微妙。」としか答えようがない。

 更に言えば、「これで金貰えるんだ。へぇ〜。」という感じか。

 一連のことに関心を払い、関連書籍等に熱心に目を通していたとき、「日本人の立場でまとめて発表する機会があっても、金にはならないだろう。」と、判断させられてから幾星霜。2005年に単行本として発売されて、文庫版が発売されるまでに。「へぇ〜。」と、普通に思うわな。多分に、著者が海野弘さんだから、「少しは。」ということなのかも知れないが。

 何れにせよ、採算が取れるのかは著しく疑問。

ホモセクシャルの世界史
[ 2008/08/10 14:12 ] 情報・私事 | トラックバック(-) | コメント(-)

炭疽(炭そ)菌(Anthrax) 

 ここ最近の出来事として、ソビエト政権の非人間性を告発し、ノーベル文学賞を受賞した反体制作家のソルジェニーツィン氏の死亡を伝えるニュースにもショックを受けたものの、今から7年前の炭疽菌事件の容疑者として訴追間近とされた研究者(ブルース・アイビンス研究員)が自殺していたことを伝えるニュースにもショックを受けた。

 ニュースによれば、当初は別の人が訴追されていたらしいが、検証の結果、無罪。そして捜査が進められる過程で、状況判断()として合致する人物に、抗炭疽菌ワクチン生成の研究に携わっていたブルース・アイビンス研究員(彼が研究で扱っていた炭疽菌の株と事件で利用された株が一致したらしい。)が浮かび上がり、訴追間近という段となり、ブルース・アイビンス研究員は自殺したらしい。

日本語的には“状況証拠”という訳出が正しいのだけれども、迷った末として、状況判断という言葉にさせて貰った。迷った理由は、以下の記述を参考とされたい。

 事の次第に際し、「捜査員は一流であり、当人や家族の心情に配慮した上での捜査が進められていた。」といったような言葉も示されてはいたが、当初として訴追されていた人が無罪となった後のことだから、事件が事件だっただけに周りの人たちの目は大方厳しかっただろうし、「一体何処まで配慮されたものだったのだろう?」という疑問が付いて回ることは否めない。

 テーラー連邦検事が事件の動機について指摘した、「研究予算が打ち切られることを恐れ、事件を起こすことで炭疽菌の研究の必要性を訴えようとした可能性がある」ということが的を得たものであれば、幾らかは救われるかも知れない。が、私としては腑に落ちない部分が感覚的にあるのも事実で、「この先、一体どうなるのだろう?」という疑問が出て来る。
[ 2008/08/07 17:56 ] 情報・私事 | トラックバック(-) | コメント(-)

震 

 昨日、岩手・宮城内陸地震があった。震度は6強らしい。私は、丁度バイトに勤しんでいたわけだが、その最中として、とても気持ち悪くなるのを感じた。その理由として、ただ単に、体調不良によるものかとも思ったが、阪神・淡路大震災、新潟県中越地震、新潟県上中越沖地震等と、何だかんだと一定の関心を払ってはいたけれども、今回ばかりは本当に関心を払っていなかったから、「已む無し」とも思わなくもない。

 正直、今のところ攫った記事は、ほんの少し。

 状況的に見ることが出来ないということもあるのだけれども、ここ数日の変化に際し、目を通すものに目を通していたら、結果的にそうなっているという部分もあるのは確か。

 そして久々に、『田亀源五郎's Blog』に目を通していて、2008年5月9日の更新記事に目を通すに至るに、「もしかして。」と、思わなくもないというか、「この辺りのことも関係しているのかな?」という疑問を得るに至っているというか。
[ 2008/06/15 18:26 ] 情報・私事 | トラックバック(-) | コメント(-)

付き合い 

 一身上のことを社会的なことを含めて意識するようになり、それまで渇望していた「何か」に対して、そこまでの飢餓感を抱くことはなくなった。そしてそれ故に、他人と距離を置くことを考えつつも、その難しさに悩むようになった。

 一身上のことを鑑み、他人と距離を置くことを念頭にしているにも拘らず、自分に都合の良い様に間合いを取ろうとするということ。もちろん、私も人間なのだから、言葉の上であれば、それは当然と言えば当然のことなのだけれども、実際にそれが適切な程度にあるかどうかは別の話。

 それ故に、私自身、嫌な気持ちになることがあるし、他人も嫌な気持ちになることがある。そして、それ故に、悩む、と。

 とはいえ、私自身、人間の一人である以上、「悩む」「悩む」と言っていても始まらないわけで。

 そして、私としては、こうして記すことに対し、“そうした過程に際し付き纏う「嫌な感じ」等の諸々を可能な限り冷静に受け止める”という意味・目的を見出しているわけである。少なくとも私としては、ただ単に記しているというわけではない。
[ 2008/06/12 20:02 ] 情報・私事 | トラックバック(-) | コメント(-)