総理 

 9月26日付の日本経済新聞のコラム『春秋』に目を通して知ったのだが、日本語大辞典によれば、「総理」とは「すべてを監督し処理すること。また、その任にあたる人」と説明されているとか。私として、「へぇ〜。」と、思ったことは言うまでもない。

 そして、ここ数日において再考させられたことを記す必要性を認識させられた。

 一身上のことを考えるにつけ、「私は社会的な貢献をすることが難しいこと」への認識に至るに、「私よりも社会的貢献・寄与するに適った人たちへの配慮を育むこと」を自らに求めるようになってから、随分と経つ。

 一時は、それ故に、自分自身をかなり蔑ろにしたものだけれども、ここ数年を通じて、それを顧みるだけではなく、回復を図ることが出来るようになって来ている。それは単純に嬉しいことだし、出来れば今後としても大切にしたい。
[ 2007/09/27 00:45 ] 情報・私事 | トラックバック(-) | コメント(-)

エイズ・ワクチン 

 エイズ・ワクチン開発の必要性は、私自身、認めている。とはいえ、エイズ・ワクチン開発へのこれまでの道程を考えるに、私としては、そうは楽観していない。既に多くの薬が開発されている今日、更なる効果の見込める薬が開発される上で、多額の金額が提示される事実を鑑みれば、そう言わざるを得ない。

 エイズ感染者が増えていることは事実で、その増加を考えれば、ワクチン開発が必要とされている(ワクチン開発が軌道に乗れば、相対して、既存の薬の価格低下を促すか、そのジェネリック薬ともなれば、更なる価格低下が見込めるかも。)ことは、否定しようのない事実。

 とはいえ、エイズウィルスの性質が故に、ワクチン開発が難しいことも事実。
[ 2007/09/23 15:04 ] 情報・私事 | トラックバック(-) | コメント(-)

CODE-E 

 諸々のことに嫌気が差し、気分転換のためにBANDAICHANNEL(バンダイチャンネル)に目を向け、『CODE-E』なる番組に目を通すことに。

 そして、第1話と第9話に目を通すに、「こうした番組が制作されたのって、俺のせいなのかなぁ…。」と、その関連性の真偽が定かではないことを考えてしまった。
[ 2007/09/16 16:23 ] 番組 | トラックバック(-) | コメント(-)

辞任 

 安倍首相が辞任を表明した。そして、「辞任表明をした。」というニュースだけを聞くと、彼が頗る無責任であるかのように聞こえる。とはいえ、私としては、下記参照したニュースなどに目を通すに、判断に迷う。

 日本がPKO活動を進めるに当たり、それを実りあるものとしようとするのであれば、当然ながら、アメリカなどの他国が一体どのように動くのか注視することを余儀なくされる。日本一国だけで、問題の渦中に立たされている国や地域の支援体制を整えることが出来るわけではないから。

 だから、PKO活動のみに拘らない協力関係を通じた、各国との情報交換の機会を一体どのように維持していくのかが、今後の日本として問われることになることは事実。でも、日本の人たちにして見れば、そのお題目なり意義は分かるものの、生活面も重視して貰いたいのが本音であろう。

 従来から、改革の必要性は周知され続けて認知されて来てはいる。それ故、私としては、「恐らくは、それだけに、人々をして、“戦後レジームからの脱却”を謳う安倍政権に対しての期待と失望めいたものが大きかったことは、否めないのではないか?」と思う。

 “戦後レジーム”と言葉で言うのは簡単だけれど、そのレジームの中で培って来た事事を晒した上で正すのは、誰がどう考えても容易ではない。戦後とされる頃から60年は経っている今日となれば、尚更だろう。安倍首相において、そうした流れの恩恵を少なからず受けて来ている自覚があるのかどうかは知れないが、事が“その上で、”のこととなれば、私として判断に迷う。
[ 2007/09/12 23:30 ] 情報・私事 | トラックバック(-) | コメント(-)

安全保障 

 先ほどまで、多くの時間を割いて、『アジアという地域:日本と中国の特異な関係』という記事を記していた。

 そうして様々に考えるに、私として、「死にたくはないし、一方に媚びるでもなく、一方に尊大で威圧的な態度をとるでもなく、無難に生きて行く上で、日中両国民に求められていることって、まだまだ多いのだろうなぁ。」と、思う。俺は、(人心に基づけば自然なこととはいえ、)お互いに疑心暗鬼になっている状態が続いて、事態が変な方向に転がって行くのは嫌だから、こうして記すことを選んではいる。

 今抱かされている、この気持ち。この気持ちが自分でも良く分からないけれど、正義感でも、達成感でもないことは事実。とはいえ、無力感や絶望感でもない。

 多分、以前は、ニュースで扱われる概要に基づいた上で様々に思考させられただけだったのだが、今では、ニュースで扱われる概要にのみ基づいて思考することを、拒否するようになっているがためなのかも知れない。多くの事実を整理して、事態を把握して、適切な対応を図るって、本当に大変なのだな。でも、俺は、それが出来るようになりたいし、ならなければ駄目だと思っている節がある。

 誰も、そんなことを(俺に)求めてはいないのかも知れないけれど、これを記すに際し、多くの時間を割いていることは事実。それなのに、それを後悔することを許されない意識もある。願わくば、こうして記すことが、誰かの役には立っていることを祈るしかないか。
[ 2007/09/11 23:23 ] 情報・私事 | トラックバック(-) | コメント(-)