関係性 

 先ほど、『ガンダム00』の第7話と第8話の感想を記し終え、ようやく、HPの該当ページにアップすることが出来た。

 でも、恐らくは風邪による頭痛のためか、頭がぼんやりしている中で記したから、誤字脱字や(私の力量不足による)意味不明の部分があるかも分からない。「そうした部分があれば、後日にでも訂正したい。」とは考えているため、ご容赦の程。

 私自身、頭痛の理由として、自身の心身不良が原因であることもあるのだが、プレッシャーを原因とした頭痛もあるため、正直その判断は難しい。でも、そうして一定度を記し終えた後の頭痛の緩和程度からすれば、自身の心身不良だけに原因があるわけではないことも分かる。

 こうした関係性が、果たして良いのか悪いのか。正直分からない。現実として私は生きているわけであり、他の多くの人たちも生きているわけであり、死ぬその時が来るまでは生きて行くわけだから。

 自身として気丈になる余地は、まだまだ大きいよ。
[ 2007/11/27 11:10 ] ガンダム00 | トラックバック(-) | コメント(-)

役割 

 私が生活の場で接する宗教と言えば、仏教が挙げられる。が、精神的に感応することを含めた上で、生活の場で接する宗教と言えば、キリスト教やイスラム教だけではなく、恐らくは他の宗教も挙げることを余儀なくされる。

 私自身、それへの認識から、一一般人の身として、考えることのできることは考えて来たつもりだけれど、そうした視座に固執することに対して、他人が一体どのように考えているのかは知れない。

 父親は、私が(“聞こえている”ことのみならず)同様の観点から国際ニュースを見ることに対して、「お前が見る意味はない。」というようなことを言う。

 が、私自身として、世に披露されている程度の国際ニュースには一定度の関心を示して置かないと不安感を掻き立てられることは事実だから、(もちろん率先して見ないこともあるとはいえ、)その言葉に反し、よく見ている方だと思う。
[ 2007/11/18 12:05 ] つれづれ | トラックバック(-) | コメント(-)

師弟 

 私には、恩師と呼べる人がいない。もちろん、名目的な恩師はいるし、その数は多いとはいえ、心から「恩師」と呼べる人は、いない。

 でも、そうした考え方が出来るのは、大学生の頃に、多くの教官に師事する一方で、テレビを通して可能な限りの情報を得ようとする中で培って来たがためであることもまた事実。つまり、心から「恩師」と呼べる人との関係を、私は築いて来ることが出来なかったということ。

 だから、そうした関係を築いているのだろう人たちの話に接すると、「へぇー。そんな感じなのか。」と、思う他はない部分が未だにある。『ガンダム00』の第6話を見るに当っては、尚のこと、そう思った。
[ 2007/11/12 22:55 ] ガンダム00 | トラックバック(-) | コメント(-)

悪寒 

 今日は勤務日だったのだが、どうにも気持ち悪く、休むことにした。勤務先でのことが理由なのか、自分自身(一身上のことを含む。)のことが理由なのか、判断が付かない。もしかしたら、その両方かも知れない。

 以前において、自身の思考と関係があるかと判断される事件なりが、日本国内外を問わず起これば、「それは自分が原因だ。」と直感的に受け止め、随分と悩んだ。そして今は、目を通すことの出来る社会的情報に目を通すように心掛けて来た結果として、「そうであるかも知れないが、そうではないかも知れない。」という認識に拠ることが出来てはいる。

 が、自分でも、よく分からない気持ち悪さを抱かされることもまた、ある。

 今もまた、そんな感じ。
[ 2007/11/09 11:31 ] 情報・私事 | トラックバック(-) | コメント(-)

肉欲 

 慕う気持ちがあり、肉欲があり、その双方がマッチすると、それはそれで感覚として気持ちが良い。それが事実とはいえ、ここ最近、それをずっと忘れていた。

 岩間さんのことを諦めようにも、諦め切れない気持ちもあり、現実の諸々としたことを考えればこそ、「きっぱりと、諦めるべき。」という考えにも至る。テレビ画面を通して岩間さんを見ることが出来なくなって5ケ月ぐらいが経つわけだが、恐らくは無難な心境だろう。

 今も好いてはいるけれど、それ以上のことが望めるわけではない。慕う気持ちが故に過度に苦しくなることからは一線を引くことが出来るようになったとはいえ、その認識に留まることで、身(精神?)を守っているのだとも思う。
[ 2007/11/06 13:55 ] 思慕 | トラックバック(-) | コメント(-)