夕刻を過ぎた時間、『コードギアス 反逆のルルーシュ R2』の第11話を視聴した。V2が(確か、ジェレミア卿に対して、)「ゼロがここを目的としているとなると、厄介だね。」などと言っていたため、「まさか。」と思いつつも、期待半分で目を向けていたら…。“ギアス嚮団”なる組織の存在の提示が来ました。
ロロのような人間にギアスを与え、使い勝手が良い様に仕向けることが出来る組織が存在する。そしてその組織とは、ブリタニア皇帝が「弱肉強食」という王道を唱える以上、必ずしもブリタニア帝国とは一致しない組織であることは自明。本義的に、「弱肉強食」という王道による秩序を通そうとするのであればこそ、シュナイゼルの姿勢が相応しいのだから。
ルルーシュだけではなく、シュナイゼルも、それに気付いている。2人ともブリタニア帝国の王族としての思想の影響を色濃く受ける皇子という立場にして、ブリタニア皇帝を冷静に分析することが出来ているわけです。ただ、それが“ギアス嚮団”なる組織の存在への認知を経ているものなのかどうかは未だ不透明。(でも、この分だと、シュナイゼルは、ゼロがルルであることを分かっていそうです。)
少なくともルルーシュは、C2によって、はっきりと認知するに至っていることが、今回の話によって示された形。
◇
とはいえ、シュナイゼルもまた、ブリタニア皇帝の言動の不一致を気付いているわけで、その時のために、スザクを擁し、ニーナへの支援を惜しまないのかも知れない。そして、ロイドやシュナイゼルの補佐官の女性か男性かよく分からないあの人は、彼の理解者なのでしょう。
そしてスザクは、ゼロの一件により、ブリタニア皇帝直属の騎士であるナイトオブラウンズの一人となることができたわけであるが、ブリタニア皇帝がスザクにあの神々しい場所(神殿の祭殿みたいな場所)の存在を示したのは、恐らく、(スザクに自覚があるかは兎も角として)スザクの裏でシュナイゼルが糸を引いていることを分かってのことでしょう。
シュナイゼルの真の意図が定かでない以上、これ以上のことを書くのは難しいですが。
そして、今回の中華連邦での一件により、シュナイゼルとルルーシュ(ゼロ)との腹の探り合いが本格的に始まったわけである。
恐らく、ブリタニア皇帝は、それを見込んだ上で、ジノとアーニャをアッシュフォード学園に送り込んだのだろう。ブリタニア皇帝は、ルルの情報を更新するであろうアーニャのブログを普通にチェックしていたりして。そうだとしたら、微笑ましい限り。
何れにせよ、スザクはシュナイゼルのひも付きであり、現状を考えれば機情局の面々はルルに陥落させられていると見るのが妥当だろうし。そしてジノとアーニャがアッシュフォード学園に送り込まれたことで、ルルにナナリーの危機を意識させ、ルルが今以上に足を踏み込んでいく上で、一時的にであれその足止めにする、と。
でも、これはルルが対処を誤らなければ、ルルのためでもあること。スザクではない皇帝直属の騎士であるナイトオブラウンズを上手く騙すことが出来れば、それはルル≠ゼロを、帝国の公的なデータにおいて、肯定することになる。つまり、ルルの選択肢として、「皇子として再び行動する」という選択肢が加わるわけである。裏返せば、ブリタニア皇帝なりに、ルルのことを値踏みをする位には認め始めているということ。
もちろん、それが故に、第1期とは異なり、シュナイゼルとの絡みが今後として増えていくのだろう。
ただ、そうなるとカレンは一体どうなるのか。スザク自身、その意志をもって動くようになっていることは事実。だから、カレンを無碍にはしないだろうが、彼自身として知り得た事の次第を、一体何処までカレンに示そうとするのか。捕虜であるカレンに、下手に同情的な姿勢を見せれば、ナイトオブラウンズであるとはいえ、スザクとして今後の次第は分からなくなるだろう。それはアーニャの姿勢からも自明。
先は、スザクを裏切り者であるとして狙ったブリタニアの一兵卒っぽいイレブン(日本人)の処遇の認可を書面にサインするに際し、アーニャはスザクの意志を庇ったわけである。が、今回は黒の騎士団のエースであるカレン。そう甘くは行かないだろう。恐らく、スザクも分かっているはず。
となると、「ブリタニア皇帝に記憶を書き換えられたりして、もしかしてV2によりギアスを与えられたりするのかな?」とまで、考えてしまう。ジェレミア卿がC2経由で力を得た上で割合重要ポジションを張るのであれば、カレンがV2経由で力を得たとしても、お話的には面白いと思うし。少なくとも、ルルに、そのままに奪還されるというのは、余り考え難い。
そもそも、シュナイゼルが確実に2人の理解者を得ているように、目下として、ゼロ(ルル)も理解者を傍に擁する段階にあるようだけれども、その2人は恐らくC2とカレン。だから、個人的には、あわよくばルルの中での位置づけがC2レベルになったカレンが、無事に戻って来て欲しい。
◇
そして今回の見せ場の1つは、アーニャがルルの過去と何らかの係わりがあることが見て取れることが、C2の反応からも見て取れること。その内容によっては、如何様にも考えることの出来ることは多い。また、ロロの嫉妬心やディートハルトの権力欲(行く行くは、大宦官並み?)が、一体どういう方向に向かうのか、気になる。ロロとディートハルトの心の行き着く先も、十分に見物だろう。
以上。つらつらと書いてみました。今回の話は、何故か、書かずにはおられず。それだけ、私としてツボを押さえられた内容で面白かったのだろうな。うん。
[ 2008/06/23 22:18 ]
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昨日、岩手・宮城内陸地震があった。震度は6強らしい。私は、丁度バイトに勤しんでいたわけだが、その最中として、とても気持ち悪くなるのを感じた。その理由として、ただ単に、体調不良によるものかとも思ったが、阪神・淡路大震災、新潟県中越地震、新潟県上中越沖地震等と、何だかんだと一定の関心を払ってはいたけれども、今回ばかりは本当に関心を払っていなかったから、「已む無し」とも思わなくもない。
正直、今のところ攫った記事は、ほんの少し。
状況的に見ることが出来ないということもあるのだけれども、ここ数日の変化に際し、目を通すものに目を通していたら、結果的にそうなっているという部分もあるのは確か。
そして久々に、
『田亀源五郎's Blog』に目を通していて、
2008年5月9日の更新記事に目を通すに至るに、「もしかして。」と、思わなくもないというか、「この辺りのことも関係しているのかな?」という疑問を得るに至っているというか。
◇
私自身、田亀さんが示されているような、“極論を恐れずに言うならば、日本における「ゲイ差別がない」状況というのは、社会というシステムによって「何となくそういう状況に置かれている」ということでしかない。”という事実を前提に綴られる言葉の数々に同意を見る他はない一人として、その内容に際し納得の行く部分があったわけである。
欧米において同性婚が認められるべく動いている人たちというのは、彼らの権利引いてはその存在を社会的に認められるべき存在として位置付けるために動いているわけであり、その事実には、素直に拍手喝采を送るに足りる行為である。
第三者的な立場に基づけばこそ、彼らとして存在を主張するのは、寧ろ歓迎されるべきことであろう。
ただ、日本人の一人としては、「欧米でそのような動きがあるからといって、日本は? 日本人は?」という疑問にも向き合うことを余儀なくされるわけであり。
とはいえ、私は、同性愛者向けのコミックには目を通しはするものの、それ以上のことを際立ってしているかと言えば、そうでもない。その行為としては、していない側に位置するだろう。正確には、一身上のことを考慮すればこそ、それが精一杯の行動。そして、だからこそ、欧米において活動している人たちの方に親近感を抱きやすいのが実際。
一応、一日本人としての自覚を育むようになって以降、その親近感の程度は低下したけれど、その半面、『場違い』というかそんな感じを抱くようになっていることも事実。それに、同性愛者向けのコミックも、以前ほど楽しむことが出来なくなっているように思う。
そうしたことを考えるに、「俺、本当にゲイなのかなぁ?」と、考えるようになっている始末。
一応、「好きであることを自覚させられるに至った人」に対しては、(気持ちを伴う形で)普通に欲情できるのだが、上に書いたような次第のため、実際に関係を深めようと思うことは出来ないし(俺がそういった感じであっても、相手側が大丈夫でないとな。)、それ以前に、今の自分の状況として、そもそもそういった関係に至ることが出来るような状況ではないし。
ぱっと見、そういった関係に至っている・至るかも知れない人たちはいることを、(田舎とはいえ)折々の機会に目にしてはいるため、ゲイであることを選んだ人たち全てがクローゼットの世界にあることを望んでいるとは到底思えない。が、田亀さんの指摘にあるようなことも強ち的を外しているわけではないとも思う。
日本人って、つくづく変な人たちなのだな。(
*)
*流石に、「面白い。」と言い切るには、問題の根が深刻だし、余りにも他人事のような調子であるかのように受け止める人もいるかと思い、このような表現とした。配慮を望む。
震度6 岩手県では5年ぶり (NHKオンライン 2008年6月14日 10時17分) 気象庁によりますと、岩手県では震度6弱以上の激しい揺れを観測したのは、平成15年5月26日に宮城県沖を震源とするマグニチュード7.1の地震で、大船渡市や一関市などで震度6弱を観測して以来、5年ぶりです。また、宮城県内では、平成17年8月16日に宮城県沖を震源とするマグニチュード7.2の地震で、川崎町で震度6弱を観測して以来、3年ぶりです。
[ 2008/06/15 18:26 ]
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一身上のことを社会的なことを含めて意識するようになり、それまで渇望していた「何か」に対して、そこまでの飢餓感を抱くことはなくなった。そしてそれ故に、他人と距離を置くことを考えつつも、その難しさに悩むようになった。
一身上のことを鑑み、他人と距離を置くことを念頭にしているにも拘らず、自分に都合の良い様に間合いを取ろうとするということ。もちろん、私も人間なのだから、言葉の上であれば、それは当然と言えば当然のことなのだけれども、実際にそれが適切な程度にあるかどうかは別の話。
それ故に、私自身、嫌な気持ちになることがあるし、他人も嫌な気持ちになることがある。そして、それ故に、悩む、と。
とはいえ、私自身、人間の一人である以上、「悩む」「悩む」と言っていても始まらないわけで。
そして、私としては、こうして記すことに対し、“そうした過程に際し付き纏う「嫌な感じ」等の諸々を可能な限り冷静に受け止める”という意味・目的を見出しているわけである。少なくとも私としては、ただ単に記しているというわけではない。
◇
そうしたことを考えるに、東京・秋葉原での事件を起こした男性についての報道内容に際し、私として、「甘えてるなぁ。」と、思うのだろうと思う。
もちろん、私自身、他人に甘えているところは確かにあるし、「他人に甘えるな。」などと言うつもりなど毛頭ないのだけれどさ。
ただ、私の場合は、甘えているにしても、甘えている部分を、自分なりに受け止める努力はし続けている。
でなければ恐らく、私は、多分に他の人よりも、自分自身のことを見誤る可能性が高いから。
今日一日過ごしていて、そのことを結構痛感させられている。
ここ最近、自分でもよく分からない変化の只中に晒されているのだけれども、そのことは改めて記していた方が良いことなのかも知れない。本当に多くの様々な人たちの変化なりそうしたものが私自身に影響を与えているのか(その逆も恐らくはあるのだろうとは思うけれど)、結構自分の中で色々と動いている。そのことを、今日は強く意識させられた。
日々精進、か。久々だが、今の気分的に、これに尽きる。
[ 2008/06/12 20:02 ]
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東京・秋葉原で、痛ましい事件があった。
その最中、私は『マクロスF』のサントラ『娘フロ。』を強制リピート中。
ここ最近、興味本位などではなく、普通の欲求として「人を殺す」という行為を渇望する気持ちと否応なく向かい合うことを余儀なくされている一人として、“癒し”と“現実逃避”を兼ねて、強制リピートしていたわけであるが。どうやら、それを書く頃合になっているようである。
データ上、日本の犯罪率が極めて低いことは知られているが、実際には、深刻な犯罪としては普通に起こっても不思議はない状況であることも知られている。“臭いものには蓋”の御家芸が、時代の変化とも相俟って、現実に沿ぐわなくなっているためであろう。
だから、今回の事件に際し、「痛ましい。」とは思うものの、それ以上の感情を持てと言われても難しい。私自身、こうして抱かされる感情(?)を制御し切れなくなったら、一身上のことを別としても、似たような行動に移っても不思議ではないように思うし。正直、今は、それぐらいにキツイ。
◇
以前は、「こうした心情が逆に、他人が人を殺す原因として肯定されているのではないのか?」という疑念があり、心情的にキリキリとさせられたものである。
が、今は、そこまでのものはない。
人一人が死ねば、その人一人に連なる様々な思念とも、私自身向かい合うことを余儀なくされる。それに際し、悪酔いして気持ち悪くなることもあるのが実際なのに、私自身が態々そこまで考える意味などないからな。誰も助けてなどくれないし。
以前であれば、「現実に見合った社会的対応を。」などと殊勝なことを書いていたかも知れないが、今では、そこまでの気持ちはない。そもそも、日々を費やすのに精一杯で、他人を実際に殺すに至るような余裕もないからな。「人を殺しても、(一定の罰を負うなりしてでも)生きて行ける。」というような考え方が根底になければ、実際に人を殺したりしないって。甘えてるよ。そいつ。
少なくとも俺は、そう思う。
“最近 仕事でむしゃくしゃ”(NHKオンライン 2008年6月9日 18時16分) 東京・秋葉原で男女7人が死亡、10人が重軽傷を負った通り魔事件で、殺人未遂の疑いで逮捕された派遣社員の男は調べに対し、「最近、仕事のことでむしゃくしゃしていた」と供述していることがわかりました。警視庁は勤務状況などを詳しく調べて動機の解明を進めています。
この事件で、警視庁は、殺人未遂の疑いで逮捕した派遣社員の加藤智大容疑者(25)の容疑を裏付けるため、9日午後、加藤容疑者が住んでいた静岡県裾野市のマンションの部屋を捜索しました。加藤容疑者は「2〜3日前に犯行を決意した。人が多いから秋葉原を狙った」と供述していましたが、その後の調べに対し、「最近、仕事のことでむしゃくしゃしていた。職場に不満があった」と供述していることがわかりました。
加藤容疑者は青森県出身で、去年11月から、東京の人材派遣会社から裾野市の自動車車体工場に派遣されていました。会社によりますと、事件の3日前の今月5日の朝、工場に出勤した際、「作業着がない」と言ってそのまま帰宅したということです。翌日も無断欠勤したため会社が携帯電話に電話しましたが、連絡が取れませんでした。警視庁は、人材派遣会社や工場の関係者から話を聴いて最近の勤務状況などを詳しく調べ、犯行のいきさつや動機の解明を進めています。
[ 2008/06/09 21:35 ]
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ここ数日、FOXチャンネルで深夜0時から放送されていた『黙示録』に目を通していた影響かどうかは知れないが、先の記事で記していた気持ちとは随分と離れた心境にある。
興味本位とかそういったことではなく、日常的な動作の一部の欲求として、「人を殺したい。」と思う気持ちが強くあり、その気持ちを前に、先の記事で記していた気持ちとは随分と離れた心境にあることを余儀なくされているわけである。
正直、ここ二三日として体調が悪い。多分、諸々のバランスが崩れ、そうした心境にあることを余儀なくされているだろうことが窺えるだけに、「『黙示録』に目を通していた影響もあるのかなぁ?」と、思うわけで。
もちろん、セーブしているから、セーブ出来ているから、実際に人を殺したりはしないけど。
◇
ただ、問題はそこではなくて、気持ちの変化の幅が大きいことへの戸惑いがあること。
先の記事を記す前提として、結婚をすることを相手の親御さんに認めて貰うべく、勇気を振り絞って挨拶に行く立場にある人たちの心情が痛いほど分かる心情を知ったことがあった。
「愛している」「必要としている」とかそういう言葉の上でのことでなしに、相手の親御さんを含め係わる人たちと相対する心持ちがあるだけの心情。そういう気持ちへの合点が行っていたわけである。
でも、そういう気持ちへの合点が行った後、先の記事を記し、その後として、憑き物が落ちたように、そういう気持ちとは距離を置くことが出来るようになっており、それまでは容易に考えることを良しとしなかった肉欲的な部分を良しとしていることに気付かされるというか。
もちろん、それまでも肉欲的な部分を意識はしていたのだけれども、そのシチュエーションとして、そこまでは考えていなかった部分が頭をもたげ、それ故に、自分自身の心情が分からなくなって行っているというか、そんな感じ。
◇
先の記事を記していた頃には、「好きであることを自覚させられるに至った人」に対して、「抱きしめてキスをしたい」などと思うことを自身として認めることが出来るようになっており、「肉欲的なレベルで、そのまま先のことを考えることが出来るようになれば凄いなぁ。進歩だなぁ。」と、考えさせられていた。
が、その後として想起させられるシチュエーションが、岩間正之さんが絡むもので、我ながら、「えっ!?」と、思う他はなくて。
そして、一気に何かが冷めていくような感じがするようになり、「好きであることを自覚させられるに至った人」に対して「抱きしめてキスをしたい」などと思うこともなくなっており、更には体調まで悪くなる始末。
私として、気持ちの変化の幅が大きすぎて、戸惑う他はない。
もちろん、私において、恋愛感情が一定のレベルに達すると、それまでは普通に抱いていた気持ちが霧散してしまい、どうとも思わなくなってしまうことが通常だから、その事象自体は別に納得が行かないわけではないのだけれど、「この人は、きっと。」と、思っていた節があったのだろう。やや落胆する気持ちがなくにはない。
とはいえ、事実として、幾らかの気持ちは保持されてはいるのだけれども、その違いは、実験結果で誤差の内に含まれる程度の違いぐらい。普通に泣きたいよ。
ま、後悔しないよう、その気持ちを精査しつつ、その人に向き合う他はないか。うん。
[ 2008/06/04 22:44 ]
思慕 |
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